東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6227号 判決 1986年7月30日
原告 小田恵子
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 中津靖夫
同 澤井英久
右訴訟復代理人弁護士 栄枝明典
被告 中野土地区画整理組合
右代表者組合長臨時代理者 伊藤虔次
<ほか五名>
右六名訴訟代理人弁護士 長瀬秀吉
同 吉田和夫
同 猪田巽
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告中野土地区画整理組合、被告服部一郎及び被告伊藤虔次は、各自、各原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する昭和五四年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被告神田とき、被告神田雅行及び被告神田捷夫は、各自、各原告に対し、八三三万三三三三円及びこれに対する昭和五四年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告ら
(1) 原告らは、いずれも昭和五四年五月一八日死亡した小田明(以下「小田」という。)の子であり、同人の相続人である。
(2) 小田は、昭和二六年九月二二日、国から、田中栄子が昭和二三年ころ国に対して物納した東京都中野区榮町通三丁目二九番の一所在の宅地三七〇坪(以下「本件換地前土地」という。)の払下げを受け、都市計画法(大正八年法律第三六号)(以下「旧都市計画法」という。)一二条二項、耕地整理法(明治四二年法律第三〇号)(以下「耕地整理法」という。)五条により、被告中野土地区画整理組合(以下「被告組合」という。)の組合員となった。
(二) 被告組合
被告組合は、昭和一六年八月二五日、旧都市計画法所定の設立の認可を得て設立された土地区画整理組合であり、その土地区画整理事業の施行区域は、東京都中野区内の富士見町、広町、栄町通二、三丁目、多田町、雑色町及び八島町の各一部にまたがっている。
(三) その余の被告ら
(1) 被告神田ときは、昭和五五年一一月四日死亡した神田勘十郎(以下「神田」という。)の妻であり、被告神田雅行及び被告神田捷夫は、いずれも神田の子であって、右被告ら(以下「被告神田ら」という。)は、いずれも神田の相続人である。
(2) 神田は、被告組合設立の際その評議員に選任され、昭和二五年五月三〇日には被告組合の初代組合長である伊藤金左衛門に代わり組合長に選任された者であり、被告服部一郎(以下「被告服部」という。)は、被告組合設立の際その評議員に選任された者であり、被告伊藤虔次(以下「被告伊藤」という。)は、伊藤金左衛門の子であり、昭和二九年一月二六日被告組合の評議員に選任され、神田の死亡後である昭和五六年一一月二四日被告組合の組合長臨時代理者に指定された者である。
2 本件換地処分
被告組合は、昭和三四年一二月二一日、総会(以下「本件総会」という。)を開催し、その土地区画整理事業施行区域内の土地の換地について、小田所有の本件換地前土地を東京都中野区榮町通三丁目二九番の一所在の宅地二二〇坪(ただし、実際の面積は約二一七坪しかない。)(以下「本件換地後土地」という。)に換地することを含む議決(以下「本件換地処分」という。)をし、本件換地処分は、昭和三五年三月一日東京都知事の認可を得て、東京都告示第二九二号をもって告示された。
3 本件換地処分の違法性
(一) 設計書変更手続の違法
旧都市計画法一二条二項、耕地整理法五四条によれば、土地区画整理組合は、土地区画整理事業についての設計書を変更しようとするときには、当該変更につき総会の議決を経たうえ地方長官の認可及び告示を受けなければならないところ、被告組合は、右の所定の手続を経ずに、昭和二九年九月ころから昭和三〇年二月九日ころまでの間に、被告組合の当初の設計書では本件換地前土地上を通過する計画ではなかった二〇号道路を西へ約八・五メートル移動し本件換地前土地上を通過するように設計書を変更した。本件換地処分は、右のとおり違法に変更された設計書に基づくものであるから、違法なものである。
(二) 総会招集手続の違法
被告組合は、小田に対して招集の通知を出さないまま、昭和三四年一二月二一日、本件総会を開催して本件換地処分を議決した。したがって、本件換地処分は、耕地整理法六六条の規定に反して開催された本件総会の議決に基づくもので、やはり違法といわざるを得ない。
(三) 照応及び公平の原則違反
土地区画整理組合が組合員に対して行う換地処分については、当該換地処分前後の土地の状況がその位置、地積、土質、水利、利用状況及び環境等を総合的に比較してほぼ同一の条件を持つものでなければならず、かつ、当該換地処分の内容が他の組合員が受けた換地処分と比較して均衡がとれ、おおむね公平なものでなければならないとの原則(以下「照応及び公平の原則」という。)が存する。本件換地処分の根拠である耕地整理法三〇条一項は、右原則について特に規定していないが、その適用を受けることを当然の前提としているのである。したがって、各組合員が耕地処分により取得する土地の面積が換地処分前の土地の面積よりも減少する場合には、その減少率(以下「減歩率」という。)は各組合員間で平等でなければならず、これが異なる場合には、異なることについて合理的な理由がなければならない。
ところで、被告組合が本件総会で議決した本件換地処分の前後における各組合員の土地の面積等は別紙第一ないし第六表記載のとおりであるが、小田が本件換地処分により約四割にも及ぶ大幅な面積の減少を強いられたのに対し、小田と同様換地処分前後の土地の地目がいずれも宅地であった別紙第一表記載の四八名のうち本件換地処分により土地の面積が減少させられた者は一四名にすぎない。しかも、右一四名のうち減歩率が三割以上の者は七名のみであり、そのうち別紙第一表の④、⑬、⑮及び記載の四名は、細二二号線の設定により用地補償費の支払を受けて面積を減少させられたのであるが、小田は、細二二号線設定のために面積を約二〇坪減少させられたにもかかわらず、何らの補償を受けておらず、その余の大幅な面積の減少については合理的理由は全く存しない。また、神田が本件換地処分前に売却した土地の所有者である別紙第一表及び第六表⑤記載の二名については、本件換地処分前後における面積の変動はほとんどなく、伊藤金左衛門が本件換地処分前に売却した土地の所有者である別紙第一表記載の者については、面積が大幅に増加しており、被告服部は、本件換地処分により別紙第五表⑧記載のとおり八歩以上の面積の増加を受け、被告伊藤は、別紙第三表③の記載のとおり二八割にも及ぶ大幅な面積の増加を受けている。
このように、本件換地処分は、明らかに照応及び公平の原則に反するもので、違法というほかない。
4 被告らの責任
(一) 被告組合を除くその余の被告らについて
神田は、昭和二五年以来、被告組合の組合長として、被告組合を代表し、被告組合の全組合員の共同の利益を追求しこれを全組合員に公平に分配するよう被告組合の事務を管理、統轄する義務を負い、被告服部及び被告伊藤は、被告服部については被告組合の設立当初から、被告伊藤については昭和二九年から、いずれも被告組合の評議員として、被告組合の組合長の諮詢に応ずるとともに、その業務執行が適正に行われるよう監督する義務を負っていたものであるが、被告組合の他の評議員や組合副長等の組合幹部の多くも、神田及び同人の前の組合長である伊藤金左衛門の血縁者や地縁者によって占められ、評議員会及び総会の運営その他の被告組合の管理運営は、神田を中心とする右の一群の者らの利益追求のためにその意のままにされていた。そして、神田は、専ら自己及び被告組合幹部並びにその血縁者及び地縁者の利益のために、昭和二九年九月ころから昭和三〇年二月九日ころまでの間に、所定の手続を経ることなく二〇号道路の位置について設計書を変更し、昭和三四年一二月二一日、議案に反対することが予想される小田には招集通知を出さないで本件総会を開催して前記のように照応及び公平の原則に違背する本件換地処分を議決し、小田からは何の根拠もなく約一五〇坪の土地を奪う一方、自己及び被告組合の幹部並びにその血縁者及び地縁者には有利な換地処分を行い、被告服部及び被告伊藤は、自らも利益を受けるべく、神田の右行為を黙認したばかりか、評議員会では議案に賛成するなどして、神田の右行為に積極的に加担したのである。したがって、神田、被告服部及び被告伊藤は、いずれも民法七〇九条及び七一九条に基づき、共同不法行為者として小田の被った損害を賠償する義務を負うというべきであり、被告神田らは、神田の相続人として同人の右損害賠償義務を承継したものである。
(二) 被告組合について
神田は、被告組合の組合長であり、被告服部及び被告伊藤は、いずれも被告組合の評議員であるから、被告組合は、神田の小田に対する不法行為については民法四四条一項により、被告服部及び被告伊藤の小田に対する各不法行為については同法七一五条により、神田及び右各被告と連帯して小田の被った損害を賠償する義務を負う。
(三) 国家賠償法との関係について
(1) 本件の神田、被告服部及び被告伊藤の各行為については、民法の不法行為責任の規定が適用されるべきであり、国家賠償法(昭和二二年法律第一二五号)(以下「国賠法」という。)一条は適用されるべきではない。
すなわち、国賠法は、同法が制定されるまで国又は公共団体が国民に対し民法上の不法行為責任を負うことを否定されていた国又は公共団体の公権力作用により国民に生じた損害について、新たに国又は公共団体の損害賠償義務を認めたものであるから、同法一条の適用される「公権力の行使」とは、右の立法趣旨に照らし、国家統治権に基づく優越的な意思の発動とみるべき国若しくは公共団体又はその公務員の行為に限ると解すべきであり、本件の右被告らの各行為のように国賠法制定以前から民法上の不法行為責任の成立が認められていたものについては、国賠法一条の適用はなく、専ら民法の不法行為の規定が適用されるというべきである。
(2) 仮に、本件に国賠法一条が適用されるとしても、国賠法には被害者である国民が加害公務員に対して直接不法行為責任を追求することを禁ずる明示的規定は存在しないこと、国賠法一条について民法七一五条が被害者から加害者である被用者に対する不法行為責任の追求を排除していないことと対比して別異に取り扱うべき合理的理由は見出し難いこと、かえって、国民の加害公務員個人に対する不法行為責任の追求を認めることは、国民の公務員に対する監督の機会を保障するうえで有効であり、損害の経済的な填補のみでは満たされない国民の権利感情を満足させることもできること等から、国賠法一条二項が公務員の軽過失に基づく行為について国又は公共団体の公務員に対する求償権の行使の制限を定めていることを考慮しても、公務員は、故意又は重大な過失により国民に損害を与えた場合には、自らも国民に対して不法行為責任を負うというべきである。本件は、神田、被告服部及び被告伊藤の故意に基づく行為であるから、右の者らは不法行為に基づく損害賠償義務を負うことを免れるものではない。
5 損害
小田は、本件換地処分の結果、土地約一五〇坪を失い、少なくとも右土地の地価相当額である七五〇〇万円の損害を被った。
6 よって、小田の相続人である原告らは、被告服部及び被告伊藤に対してはいずれも不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告組合に対しては民法四四条及び七一五条による損害賠償請求権に基づき、各自、各原告に対し、小田の被った損害を原告らの法定相続分に従って分割した各二五〇〇万円及びこれに対する右被告らに本件訴状が送達された日の翌日である昭和五四年七月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を、神田の相続人である被告神田らに対しては、各自、各原告に対し、原告らが小田の神田に対する不法行為による損害賠償請求権をそれぞれ法定相続分に従い相続して取得した神田に対する各二五〇〇万円の損害賠償請求権を、更に被告神田らの各法定相続分に従い分割した範囲内の各八三三万三三三三円及びこれに対する神田に本件訴状が送達された日の翌日である昭和五四年七月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は、認める。
2 同2の事実のうち、本件換地後土地の実際の面積が二一七坪であることは否認するが、その余は認める。
3(一) 同3(一)の事実のうち、旧都市計画法及び耕地整理法に原告ら主張の規定が存在すること、二〇号道路に関する被告組合の設計書が原告ら主張のとおり変更されたことは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
(二) 同3(二)の事実は否認し、その主張は争う。
(三) 同3(三)の事実のうち、換地処分について原告ら主張のような照応及び公平の原則が適用されること、被告組合が本件総会で議決した本件換地処分の前後における各組合員の土地の面積等が別紙各表記載のとおりであること、別紙第一表の④、⑬、⑮及び記載の各組合員の土地が細二二号線に接するものであることは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
4(一) 同4(一)の事実のうち、神田、被告服部及び被告伊藤が原告ら主張のころその主張のような地位にありその主張のような義務を負っていたこと、原告ら主張のような内容の二〇号道路についての設計書の変更及び本件換地処分がされたことは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
(二) 同4(二)の事実は認めるが、その主張は争う。
(三) 同4(三)の主張は、争う。
5 同5の事実のうち、小田が本件換地処分により取得した本件換地後土地の面積が本件換地前土地のそれより約一五〇坪少ないことは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
三 被告らの主張
1 前訴の既判力について
小田は、昭和三五年、東京地方裁判所に対し、被告組合を被告とし、本件換地処分の無効確認を求める訴え(同裁判所同年(行)第一二四号換地処分無効確認請求事件)(以下「前訴」という。)を提起したが、右訴訟については、昭和四八年九月一八日、小田の請求を棄却する旨の判決(以下「前訴判決」という。)が言い渡され、同判決は、そのころ確定した。
したがって、前訴判決により、本件換地処分は適法と確定されたのであり、小田の相続人である原告らの被告組合に対する本訴請求は、この前訴判決の既判力に抵触し、理由がないというべきである。
2 本件換地処分の適法性について
(一) 設計書変更手続について
被告組合は、耕地整理法六二条一項に基づく被告組合の規約一二条により、評議員会に対し、設計書の「些少ナル変更」を行うことを委任していたところ、評議員会は、昭和一九年初めころ、二〇号道路の位置を当初の設計書の位置から西へ約八・五メートル移動する旨設計書を変更する議決をし、その後、東京都知事に対し、右設計書の変更について認可の申請をしたが、戦災等のため認可を受けることができなかった。しかしながら、被告組合は、その後、いずれも二〇号道路について右のとおり設計書が変更されたことを前提として、昭和三〇年二月九日、東京都知事に対し、二〇号道路に関する敷砂利工事費予算額の変更の認可を申請し、そのころ、右変更について東京都知事の認可及び告示を受け、また、昭和三四年一二月二一日、本件総会において本件換地処分を議決をし、昭和三五年二月一日、東京都知事に対し、本件換地処分の認可を申請し、同年三月一日、東京都知事の認可を得て告示を受けたのである。そして、二〇号道路についての前記設計書の変更は、被告組合の土地区画整理事業全体の規模からみて、比較的小範囲の変更であり、規約一二条の「些少ナル変更」に該当するというべきであるから、被告組合の評議員会が設計書の変更を議決したことに何ら違法な点はなく、右設計書変更について当時東京都知事の認可及び告示を受けなかった点も、戦災等の事情によるもので、その内容の違法、不当その他の実体的な理由によるものではなく、その後、右設計書変更を前提とする工事費予算額の変更及び本件換地処分について東京都知事の各認可及び告示を受けたことによって、瑕疵は治癒されたというべきである。
(二) 本件換地処分による土地の面積の減少について
被告組合は、昭和二〇年三月一七日、帝都高速度交通営団(以下「営団」という。)との間で、被告組合の土地区画整理事業の対象区域の総面積の約二割にあたる一万七〇八一坪四合五勺の土地を営団に対して営団の車庫用地として売却する旨の売買契約を締結し、これを受けて、被告組合の規約三八条の二は、「各組合員は、被告組合に対し、営団に売却する鉄道用地として、従前の地区内の土地の総面積の約二割を換地処分により提供する」旨定めており、また、本件換地後土地は、細二二号線に接しているが、右道路に本件換地処分前の土地が接していた組合員には本件換地処分により四割以上の土地の面積の減少を受けた者が多く、更に、本件換地後土地は三方を道路に囲まれた区画のいわゆる角地にあるのであるから、小田が本件換地処分により土地の面積の減少を受けたとしても、それには十分合理的理由があるうえ、被告組合は、昭和三五年五月一九日、小田に対し、清算金として九〇万一〇〇一円を支払っており、小田の本件換地処分前後の各土地の面積が減少したことのみをもって、照応及び公平の原則に反するとはいえない。
また、被告服部は、同被告が本件換地処分により増加して取得した土地の清算金として、昭和三六年八月二四日、被告組合に対し、二九万五五〇八円を支払っており、被告伊藤も、同被告が昭和二九年に父である伊藤金左衛門から贈与を受けた土地については本件換地処分により土地の面積が増加しているものの、伊藤金左衛門が右贈与後の土地について受けた換地処分の結果も併せて考慮すると、右贈与前の伊藤金左衛門の土地は本件換地処分により約五五パーセント面積が減少しているのであって、直ちに不公平ということはできない。
3 故意の不存在について
本件換地処分は、耕地整理法三〇条の規定に従い、多数の組合員の出席する本件総会で議決され、しかも、換地処分前後の土地を比較して不均衡が生じた場合には、清算金により解決することとされていたのであるから、一部の組合員の利益のために他の組合員を特に不利益に扱うことは不可能である。また、本件換地前土地のもと所有者である田中栄子は、昭和二二年三月二〇日、被告組合の総会の議決により、同人が換地処分により受けるべき土地の面積を一九三・二八坪と指定され、その後本件換地前土地を取得した小田も、耕地整理法五条により、当然田中栄子が受けた右指定を承継すべきところ、かえって本件換地処分の結果右指定より二六・七二坪上回る土地を取得したのである。更に、被告組合の組合副長や評議員であった者のうちにも土地面積を減少する換地処分を受けた者があるのであって、以上によれば、神田、被告服部及び被告伊藤に、原告らの主張するような小田に対する加害の意思及び認識がなかったことは明らかである。
4 小田の損害賠償請求権放棄の意思表示
小田は、昭和三五年五月一九日、被告組合から清算金として九〇万一〇〇一円の交付を受けて、本件換地処分について被告組合に対して以後一切の請求をしない旨の意思表示をした。
5 消滅時効
(一) 小田は、昭和三五年に東京地方裁判所に対して被告組合を被告として前訴を提起しているから、この時神田、被告服部及び被告伊藤の加害行為並びに同行為により被った損害を知ったものというべきであり、それから既に三年以上を経過している。
(二) 仮に、(一)の主張が認められないとしても、小田は、昭和四五年、東京地方裁判所に対し、東京都を被告として、本件換地処分につき同都に対し小田の被った損害の賠償を求める訴え(同裁判所同年(行ウ)第六三号損害賠償請求事件)を提起しており、少なくともこの時点において、神田、被告服部及び被告伊藤の加害行為並びにこれにより小田の被った損害を知ったものというべきであり、それから既に三年以上を経過している。
(三) 被告らは、本訴において右各消滅時効を援用する。
四 被告らの主張に対する認否及び反論
1 被告らの主張1の事実は認めるが、その主張は争う。
原告らは、本訴において、神田、被告服部及び被告伊藤の各個人としての行為についての不法行為責任並びに右各不法行為責任の成立を前提とする被告組合の第二次的責任を問題としているのであり、被告組合の行為を問題としているのではない。また、行政処分の取消訴訟等において問題とされる当該処分の違法性と損害賠償請求訴訟において問題とされる当該処分の違法性とは、その内容が異なっており、後者の方が前者よりも多くの要素を含んでおり、行政処分の取消訴訟等において原告の請求が棄却された場合でも、後に改めて当該行政処分の違法を理由として損害賠償請求訴訟を提起することは許されると解すべきである。
2(一) 同2(一)の事実のうち、被告組合が昭和一九年初めころ評議員会で二〇号道路の位置に関する設計書変更の議決をし、そのころ、東京都知事に対して右変更について認可の申請をしたが、戦災のため認可されるに至らなかったこと、右二〇号道路の位置に関する設計書の変更が被告組合の規約一二条に定めのある「些少ナル変更」に該当することは否認し、その余は認め、その主張は争う。
(二) 同2(二)の事実のうち、被告組合が昭和三五年五月一九日小田に支払った金員が本件換地処分についての清算金の趣旨であることは否認し、その余は認め、その主張は争う。
被告服部は、換地処分前の土地が既に住宅用地となっていたのに、なお右土地が工場用地であり施設の移動が必要である旨虚偽の事実を理由として、土地を増加して取得したのであり、被告伊藤も、相続税の支払を免れるために、伊藤金左衛門の遺産の分割を同人の生前に行う趣旨で同人から土地の贈与を受けたのである。
3 同3の事実のうち、田中栄子がもと本件換地前土地を所有しており、その後小田が右土地を取得したこと、被告組合の組合副長や評議員であった者のうちにも本件換地処分により土地の面積が減少した者がいることは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
被告組合の管理運営は、神田、被告服部及び被告伊藤らの意のままにされており、総会は右の者らの利益の実現のために全く形式的に開催され運営されていたのであり、右の者らに血縁又は地縁等の関係のない組合員は、たとえ組合副長や評議員であっても、不利益を受けたのである。また、清算金による不均衡の解消は、やむを得ない範囲に限るべきであり、清算金の支払がされたからといって、直ちにすべての不均衡が解消されるものではない。
4 同4の事実のうち、小田が昭和三五年五月一九日被告組合から九〇万一〇〇一円の支払を受けたことは認めるが、その余は否認する。
小田は、右同日当時、本件換地処分の内容は全く知らなかったのであり、右金員は、細二二号線建設に伴い必要となった小田の工場移転工事の補償金として支払われたものである。
5(一) 同5(一)の事実のうち、小田が昭和三五年前訴を提起したことは認めるが、その余は否認する。
小田は、昭和五三年二月九日及び一〇日、被告組合の帳簿を閲覧する機会を得て、初めて神田、被告服部及び被告伊藤の各違法行為並びに小田が右各違法行為により損害を被ったことを知ったのであり、消滅時効は右時点から進行を始めたというべきであり、原告らは、右時効期間の経過前である昭和五四年六月二八日本訴を提起したのである。
(二) 同5(二)の事実のうち、小田が昭和四五年に被告ら主張のとおりの訴訟を提起したことは認めるが、その余は否認する。
五 原告らの反論に対する認否
右四5(一)の原告らの反論のうち、小田が、昭和五三年二月九日及び一〇日に、被告組合の帳簿を閲覧したこと、原告らが昭和五四年六月二八日本訴を提起したことは認めるが、その余は否認し、その主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 国賠法の適用について
国賠法一条は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に他人に損害を加えたときは、その公務員の属する国又は公共団体が被害者に対して損害を賠償する責に任ずる旨定めているところ、右の公権力の行使には、国家統治権に基づく優越的な意思の発動たる作用に限らず、広く非権力的な公行政作用も含まれ、右公権力の行使に当たる公務員がした違法行為を原因とする損害賠償請求については、専ら国賠法が適用され、民法の不法行為責任の規定は国賠法四条によるもののほかは適用されないものと解するのが相当である。
そして、旧都市計画法所定の設立の認可を得て設立された土地区画整理組合である被告組合の実施した本件換地処分は右の公権力の行使に該当し、被告組合において換地処分を含む事務の運営、管理を担当する組合長又は評議員であった神田、被告服部及び被告伊藤はいずれも公共団体の公権力の行使に当たる公務員に該当するものと解するのが相当であるから、被告組合が本件換地処分を行うにつき神田、被告服部及び被告伊藤がした違法行為については、国賠法一条が適用され、民法の不法行為責任の規定は適用がないものというべきである。
そうすると、昭和一六年八月二五日旧都市計画法所定の設立の認可を得て設立された土地区画整理組合である被告組合の組合長又は評議員であった神田、被告服部及び被告伊藤は、その地位を利用して、自己又は自己と一定の縁故関係のある者の利益のために、違法な本件換地処分を強行し、小田から土地約一五〇坪を奪って同人に損害を被らせたもので、いずれも小田に対し民法七〇九条による損害賠償義務を負い、被告神田らは神田の相続人として同人の右損害賠償義務を承継したのであり、被告組合は、組合長である神田の加えた損害については民法四四条により、評議員である被告服部及び被告伊藤の加えた損害についてはいずれも民法七一五条により、小田に対し損害賠償義務を負うとして、小田の相続人であり同人の右各被告らに対する各損害賠償請求権を承継した原告らが右各被告に対して小田の被った右損害の賠償を求める本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきであるが、原告らの本訴請求は、右民法上の損害賠償請求が認容されない場合には国賠法上の損害賠償を求める趣旨が含まれているものと解しえないでもないので、以下国賠法上の損害賠償請求の当否について更に検討する。
三 被告組合を除くその余の各被告の責任について
原告らは、被告組合のほか被告組合の組合長又は評議員として違法な職務行為をした神田、被告服部及び被告伊藤も国賠法上違法な本件換地処分によって損害を被った小田及びその相続人である原告らに対して損害賠償責任を負うと主張するが、国賠法上、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについてした不法行為については、国又は公共団体が被害者に対して損害賠償の責任を負うのであって、公務員個人はその責任を負わないものと解するのが相当であるから、原告らの被告神田ら、被告服部及び被告伊藤に対する各損害賠償請求は、いずれも主張自体失当であって理由がないというべきである。
四 被告組合の責任について
1 原告らは、被告組合が小田に対してした本件換地処分は請求原因3記載の各理由により違法であるとして、被告組合に対し、違法な本件換地処分により小田の被った損害の賠償を求めるのであるところ、小田が昭和三五年東京地方裁判所に対して被告組合を被告として本件換地処分の無効確認を求める前訴を提起し、右訴訟については昭和四八年九月一八日小田の請求を棄却する旨の前訴判決が言い渡され、同判決がそのころ確定したことは、当事者間に争いがない。
そして、《証拠省略》によれば、小田は、本件換地処分の無効確認を求める前訴において、本件換地処分の無効事由として、本件換地処分は、耕地整理法五七条所定の総会の議決並びに東京都知事の認可及び告示を受けることなく変更された二〇号道路についての設計書に基づくものであり、その内容も、本件換地前土地と本件換地後土地とでは土地の面積が約一五〇坪も減少し、近隣の条件の類似する土地と比較して著しく不利なものであり、その位置及び形状等も著しく不利なものであって、耕地整理法三〇条所定の等位等価値の原則及び被交付者の利益保障の原則に反する等のことから、重大かつ明白な瑕疵があり無効である旨主張したこと、これに対し、前訴判決は、本件換地処分は、本判決の「被告らの主張」2(一)に記載したところと同一の理由により、適法に変更された二〇号道路についての設計書に基づいてされたものであり、その内容も、本件換地処分がいわゆる現地換地であること、本件換地前土地はその東及び西の各境界においてそれぞれわん曲した狭い道路に面する矩形に近い不整形地であったのに対し、本件換地後土地は、その西側境界において幅員一一メートルの公道(細二二号線)に面し、その東側境界において幅員六メートルの公道(二〇号道路)に面し、その南側境界においてもほぼ同幅員の公道に面する優れた道路条件に恵まれたいわゆる角地に存すること、その形状も、三角形の北東端に方形状部分を接続した不整形な画地であるものの、工場、倉庫等の敷地として用いるときは最も有効なものといえること、本件換地処分前後の土地の約四割の面積の減少も、被告組合が昭和二〇年三月二七日土地区画整理事業の施行対象地の約二割に及ぶ土地を営団に売却したほか、耕地整理法一一条所定の公共用地を二六六六坪余り増加したこと等により、被告組合の土地区画整理事業の施行対象地内における換地処分による減歩率が一般的にかなり高いものとならざるを得なかったこと、各組合員が本件換地処分により受けた各減歩率の相違は、主として各土地の地形、地積、建物の位置関係、各土地の位置の良否等によるものであること、小田所有地の近隣の各土地の本件換地処分による減歩率は二八・一パーセントないし四五・五パーセントの間に存すること、更に、本件換地後土地の前記のような優れた道路条件等を考慮すると、一概に他の土地所有者に比べて不利益なものとはいえず、耕地整理法三〇条に反するものとは断じ得ないこと等から、位置、地積、形状のいずれにおいても小田にとって不利益なものとはいえず、耕地整理法三〇条に反するものではない旨認定説示し、本件換地処分には小田の主張するような違法はないとして、小田の請求を棄却する旨の判決をしたことが認められる。
なお、《証拠省略》によれば、前訴判決の事実欄には特に本件換地処分の無効事由として摘示されていないが、前訴においても、小田は原告らが本訴において本件換地処分の違法事由の一つとして主張する被告組合の小田に対する本件総会招集通知の欠缺の点を本件換地処分の違法事由として主張し、これにつき、前訴判決は、その理由中で、被告組合は本件総会に先立って小田に対し総会通知書を換地明細書及び換地実測図とともに郵送した旨認定説示していることが認められるから、右被告組合の小田に対する本件総会招集手続の適法性の点も、前訴において既に実質上の争点となっていて裁判所の判断を経たものと認めるのが相当である。
以上認定したところによれば、前訴においては、本件換地処分の前提となった二〇号道路についてその設計書変更手続が適法であるか否か、本件換地処分が議決された本件総会の招集手続が適法であるか否か、並びに本件換地処分の内容が本件において原告らの主張する照応及び公平の原則に合致するか否かが争点とされ、前訴判決は、本件換地処分は右のいずれの点においても違法はないと判断したものであるところ、原告らが本件において主張する本件換地処分の違法事由は、いずれも前訴において本件換地処分の違法事由として当事者間に争われたところと内容において異ならないものということができる。
そうすると、行政処分の無効確認訴訟についての確定判決の既判力をどの範囲で認めるべきかについては慎重な検討を要するところであるが、少なくとも、行政処分の無効確認訴訟について無効原因として主張された違法が認められないとして請求棄却の判決がされ、それが確定した場合に、その後右行政処分について提起された国賠法に基づく損害賠償請求訴訟において右と同一の違法があることを主張することは、右無効確認訴訟の確定判決の既判力に抵触するものとして許されないものというべきであるから、本件訴訟においても、小田の相続人である原告らの本件換地処分が違法であるとの前記主張は、前訴判決の既判力に抵触するものとして許されないものといわなければならない。
2 なお、原告らは、原告らは本訴において被告組合の行為を問題としているのではなく、専ら神田、被告服部及び被告伊藤の各個人の行為の違法性を問題としているのである旨主張するのであるが、その主張も、要するに、被告組合の組合長又は評議員であった神田らはその地位を利用して自己又は自己と一定の縁故関係にある者の利益のためにそれらの者に対しては有利な換地処分を行い、小田その他の者に対しては不利な換地処分を行ったというにあり、神田らのした本件換地処分の内容が照応及び公平の原則に違背する違法があることを主張するに帰するものということができる。
そうすると、本訴において再び本件換地処分に照応及び公平の原則違背の違法があることを主張することが許されないことは、前示のとおりであるから、原告らの右主張も、また、理由がないというべきである。
五 結論
以上検討してきたところによれば、原告らの請求は、いずれにしてもすべて失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条及び九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井健吾 裁判官 寺尾洋 八木一洋)
<以下省略>